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「にがり」の規格の
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粗製海水塩化マグネ
シウムの規格基準の
制定について(解説)


塩のにがり成分(2)

苦汁の話

塩のにがり成分(1)
苦汁の話
[日本塩工業会 尾方昇:月刊フードケミカル2004年2月号を補筆したものを、2009年7月再修正]

 最近、苦汁(にがり)ブームの声が聞かれます。苦汁は健康によい、万病に効く、風呂に入れて使うと美容にもよい、水虫にも効く、などなど、ちまたにそのような解説本がたくさん出回り、ホームページの検索でも8万件もでてきます。市中には小瓶に入れた苦汁が高価に販売されています。これまでの商品宣伝に類する解説には、苦汁についての基礎的な知識もなく書いたと思われるもの、過大な期待を持たせて消費者をだましているとしか思えないものもあります。苦汁とはどんなものなのか、どのような効用があるのか、簡単な解説をお届けします。この解説は「にがり」を飲んでダイエットが大流行したときに書いたものに手を加えています。「にがり」を飲むことは2004年7月国立衛生研究所がそのような科学的データはないという発表をして一気に「にがり」ブームは去った。
1. 苦汁とは何ですか
 海水を煮詰めていくと塩が析出してドロドロの状態になります。塩を分離して残る液体が苦汁です。主成分は塩化マグネシウムです。非常に苦くまた塩辛いのでとても舐めることができません。ことわざ的表現に「苦汁を飲まされる」というのは「ひどい目に遭う、苦難に遭う」などの意味に使われます。ただし最近は食品添加物の規格(後述)ができて、粗製海水塩化マグネシウムと呼ばれることがあります。また豆腐用では固体の塩化マグネシウムを使っても苦汁(にがり)使用と書くことが認められています。豆腐に使われている「にがり」は特別なこだわり豆腐でなければホントの製塩にがりを使っているものは稀と思われます。
2. 苦汁の種類と組成
 海水にはほとんどすべての元素が含まれています。苦汁は海水から塩をとった残りですから、海水の中の成分から主に塩分だけを減らしたミネラルの宝庫です。多くの微量成分については市販苦汁の組織的な分析結果は公表されたものがありません。かっての流下式塩田の苦汁のデータでかん水中の微量成分はほぼ全部苦汁に移行することが知られていますから、現在の苦汁についてもかん水中の微量成分はほぼ完全に苦汁に移ると考えてよいでしょう。苦汁の成分は塩作りの際の、濃縮の方法、煮詰めの度合い、苦汁になってからの処理の仕方、保存の方法、などで組成が少しづつ変わります。

1)膜法濃縮の苦汁:海水を膜で濃縮し釜で煮詰めて製塩した時に出る苦汁で、国産苦汁の大部分は膜法の苦汁です。カルシウム分が多く硫酸が少ない特徴があります。色は無色透明です。膜濃縮を使って濃縮したかん水から製塩した苦汁は、都市排水や農業排水などからの汚染物質は、分子が大きいためにほぼ完全に除去されます。きわめて安全性の高いにがりといえます。膜濃縮で苦汁が薄いのではないかという懸念をされる方がいますが、苦汁生産量がわずか少なくなることはあっても、釜で濃縮した後の苦汁の濃度が薄いということはありません。膜法濃縮の苦汁は国内製塩量が年130万トンなので苦汁生産量は約25万トンありますが、大部分は今までカリウム塩、マグネシウム塩を作る化成品工場に販売されていました。供給可能量は十分ありますが小瓶入りの小売販売は少ないようです。

2)蒸発法苦汁:塩田や立体濃縮などで海水を濃縮し釜で煮詰めて製塩したときに出る苦汁です。輸入品が多いが、小規模の国内での製塩でできる苦汁も市中に出ています。カルシウムがほとんどなく硫酸が多い特徴があります。色は黄茶色に着色しておりしばしば泥が混ざります。着色の原因は粘土、木材などから滲出したフミン酸類が多いようです。このフミン酸類は毒性があるとか健康によいなどの長所欠点については報告されていません。
蒸発法で濃縮した場合には海洋汚染物質はほぼ全部が苦汁に濃縮されてきますから原料海水の汚染は大変気になります。屎尿、洗剤、農薬、場所によっては工業廃水、船舶などからの油汚染、防汚塗料からの溶出、など海水の汚染源は広汎に広がっています。これらがほぼ全部苦汁に蓄積されます。塩田などの蒸発法の苦汁は汚染物質の掃き溜めになっていると考えなければなりません。そのため蒸発法の苦汁は海水が特にきれいなところを選ぶ必要があります。しかし、小容器に入れてにがりを小売店頭に出すのは蒸発法の小規模製塩にがりと輸入品が多いようです。蒸発法の製塩は年5000トン以下で、製造時に遠心分離器で苦汁を分離していないので、国内生産量は非常に少なくなります。恐らく苦汁生産量は全部合わせても百トン以下ではないでしょうか。天日塩の溶解再製の製塩では苦汁はできません。

生苦汁の組成
  塩化ナトリウム 塩化カリウム 塩化マグネシウム 硫酸マグネシウム 塩化カルシウム マグネシウム
膜濃縮法 1〜8 4〜11 9〜21   2〜10 2.3〜5.4
蒸発濃縮法 2〜11 2〜4 12〜21 2〜7   3.4〜9.8

 生苦汁はその特性からこの2種類に分けられますが、組成の幅が大きく一定のものではありません。これは塩を作るときにどこまで煮詰めるかで変わってくるためです。「苦汁」といっても薄いものから濃いものまで様々です。また組成を濃縮や温度変化などの物理的操作だけで自由に変えることはできません。多成分系の溶解平衡(相律)に支配されるので組成の変化の幅は規制されて一定の範囲でしか組成の調節はできないのです。

3)変わり種の苦汁:次のような変わり種のにがりがありますが、変わり種の苦汁も同じように「苦汁」として販売されるケースもあるので注意が必要です。

濃厚苦汁:生苦汁をさらに蒸発で濃くしたものです。生苦汁を濃くしていくと膜法苦汁では塩化カリウム、蒸発法苦汁では硫酸マグネシウムが析出しながら、塩化マグネシウム、塩化カルシウムの濃度が一層高くなりねばねばの状態になってきます。
生苦汁組成表の塩化ナトリウム、塩化カリウム、硫酸マグネシウムが低く、塩化マグネシウム、塩化カルシウムの濃度の高い部分が濃厚苦汁ですが、どこから濃厚苦汁というかの基準はありません。市販品に濃縮タイプという名前で販売されているものがありますが、これも濃縮の基準がありません。

脱カリ苦汁:主に膜法濃縮の苦汁から冷却法で塩化カリウムをとった残りの苦汁です。しかしカリウムを完全にとることはできないので、カリウム濃度は膜法にしては少ないという程度のものになります。現在、食品添加物として粗製海水塩化マグネシウムとして定義されているものは脱カリ苦汁です。

越冬苦汁:蒸発法苦汁を冷却すると硫酸マグネシウム、塩化カリウム混合物(ガリ塩)が析出して硫酸分が少ない苦汁になります。

脱臭苦汁:苦汁から臭素(ブロム)をとった後の苦汁です。苦汁を酸性にして塩素ガスで臭素を追い出し、残った液を中和したものです。主成分は変わりませんが臭素がなくなっているのが特徴です。

固形苦汁:豆腐業界では塩化マグネシウムを固形苦汁といってきましたからそれが一般化して塩化マグネシウムも苦汁という場合が多くなりました。必ずしも海水から作られているわけではなく合成品が多いようです。

塩湖にがり:塩湖で自然にできる「にがり」です。濃縮が極めて長時間かけたものなので組成が海水とは変わる場合があります。食品添加物としては塩湖にがりは粗製海水塩化マグネシウム(製造用剤)と別扱いで、塩水湖水低塩化ナトリウム液または塩水湖水ミネラル液の名称で調味料扱いとなっています。
3. 苦汁をどう選ぶか、食品としての安全性は大丈夫か
 苦汁は高濃度のマグネシウム溶液です。摂りすぎると高マグネシウム血症を起こし、嘔吐、ひどくなると昏睡、さらに死を招きます。厚労省の上限基準は700mg/日ですから、最初はごく少量から、なれても摂りすぎには十分注意しましょう。
海洋学的には海水の成分組成比は一定です。しかし前述したように蒸発法の苦汁は海洋汚染をそのまま濃縮するので食用にするには不安があります。食の安全性から考えたとき、膜法の苦汁が最善です。その判別にはカルシウムが入っており硫酸がないものは膜濃縮、カルシウムがなくて硫酸が入っているものは蒸発法です。市販品は薄めてあるので全部無色であり色で判別できません。
蒸発法の苦汁を使いたいときはその生産地の海水がきれいかどうかが重要な問題になります。都市周辺、工業地帯のあるところは最悪です。健康食品店で販売される苦汁には蒸発法苦汁を高価に販売する例が多く、また生産地も組成も明確でないケースがほとんどです。要注意の簡単な判別方法がありません。現実的には着色や濁り、産地、製法で判断するしかないのでしょう。どちらかといえば中国産苦汁は汚染がかなり進んでいると考えられます。
 膜法濃縮の苦汁は国内製塩量が年130万トンなので苦汁生産量は約25万トンありますが、大部分は今までカリウム塩、マグネシウム塩を作る化成品工場に販売されていました。供給可能量は十分あるはずだが小瓶入りの食品用としての販売はまだ少ないようです。もっと苦汁を食用で販売することが一般化すれば市場にでてくるのではないだろうか。
蒸発法の製塩は年5000トン以下で、製造時に遠心分離器で苦汁を分離していないので、国内生産量は非常に少なくなります。恐らく苦汁生産量は百トン以下ではないでしょうか。天日塩の溶解再製の製塩では苦汁はできません。これらの会社から出荷されているのは輸入の蒸発法苦汁です。
 深層海水から作った苦汁というのもあります。深層海水は生物、主に植物の栄養源となる微量成分、例えば窒素、リン酸、ヒ素、亜鉛、溶解ケイ酸、のようなものが多くなります。ヒ素、亜鉛がわずかに多いことが何らかの効用につながるかは疑問があります。海水の濁りが少なく都市排水の影響が少ないことで蒸発法の苦汁の欠点は改善されている可能性があります。

マグネシウム含量 2.5〜8.5%
性状 無色または淡黄色
硫酸塩 4.8%以下
臭化物 4%以下
重金属(Pbとして) 10ppm以下
カルシウム 4%以下
ナトリウム 4%以下
亜鉛 70ppm以下
カリウム 6%以下
ヒ素(酸化ヒ素として) 4ppm以下

 食品添加物協会で粗製海水塩化マグネシウム(塩化マグネシウム含有物)が検討されています。これは苦汁の品質規格案の一つと考えてよいでしょう。原案は次のようなものです。これは食品添加物としての苦汁規格を定めたもので、食品としての苦汁を規定したものではありませんが、苦汁については従来全く規格がなかったので、一歩前進ということになります。非常に薄い濃度のものが販売されるようなことが防げるかもしれません。しかし苦汁の安全性を考えるときには農薬など勇気汚染が主体であることを考えると、この内容は十分なものとはいえません。重金属など従来から行われた形式を踏襲しているにすぎず、生産者やお役所のエクスキューズの材料になる可能性があります。将来苦汁が食品添加物として一般性が増すようなことになれば見直しが当然必要になるでしょう。
4. 苦汁は本当に健康によいのか 
 苦汁は高濃度のマグネシウム溶液です。昔から飲むものとして考えられなかったものです。摂りすぎると高マグネシウム血症を起こし、嘔吐、ひどくなると昏睡、さらに死を招きます。厚労省の上限基準は700mg/日ですから、もし飲むとしても食品に添加するにしても、最初はごく少量から、なれても摂りすぎには十分過ぎるほどの注意をしましょう。
海水の塩分組成と人体の体液組成に類似点があること、生命の誕生は海であるという考え方から、ミネラル特にマグネシウム不足傾向にある現代人にとって健康食品として注目されています。苦汁の主成分はマグネシウム塩、カリウム塩、膜法ではそれにカルシウム塩が入る。しかし健康上の効果を議論するときはほとんどマグネシウム塩です。それはカリウム、カルシウムが他の主要食品に比較的多いのに対し、マグネシウムを苦汁ほど多く含むものがないためであろう。マグネシウムとカルシウムは同時に摂取する方が好ましいことが知られています。これは単品の食品でバランスを考えなくても良いのですが、単品の食品の中でのバランス、例えば塩の中のミネラルバランスにこだわる人も多く、そういう考え方にたてば膜法の苦汁の方が望ましいといえます。
塩の中の苦汁成分が自然塩で健康に良いという宣伝が長く続けられたが、家庭で使用する塩は一日約1g、その中のマグネシウムは多くて5mgにすぎないからミネラル摂取という意味では効果を期待できる量ではない。これに対し苦汁を直接とればマグネシウムの固まりのようなものでその効果は大きい。
マグネシウムは成人一人あたり所要量(2000)では約300mgとなっています。また栄養機能食品の表示基準には下限上限量を80〜300mgとしており、過剰に摂取しても効果がなく、むしろ下痢することがあるという注意を加えています。

マグネシウム所要量(第6次日本人の栄養所要量)
年齢 所要量(男) 同(女) 許容上限値
1〜2 60 60 130
9〜11 170 170 500
30〜49 320 260 700
70以上 280 240 650

マグネシウムが欠乏すると様々な障害がでる。斉藤昇「マグネシウムの過不足と成人病」のマグネシウム欠乏症状から抜粋すると、高血圧、心疾患、動脈硬化、不整脈、脳梗塞、糖尿病、嘔吐、脱力、めまい、抑うつ、などなど百項目以上の症状が記載されています。また、最近発刊されている苦汁のPR的な本、記事、などにはあらゆる病気にわたって症状改善例などが記載されており、例えば高血圧、高脂血症、糖尿病、痛風、がん、アトピー、リウマチ、尿路結石、二日酔い、肩こり、便秘、更年期障害、不眠、歯周病、口内炎、水虫、脱毛、ダイエット、美肌効果、そのほか数え切れないほどの効用が強調されています。PR本は過大な宣伝の要素が大きいが、マグネシウムが生体内酵素の円滑な働きを保つ重要な元素であること、エネルギーの産生を助けること、血液の循環を性状にすることを考えると、マグネシウム欠乏で起こっている症状には劇的にしかも広範に効用があっても不思議ではありません。
しかしマグネシウム欠乏で現れる症状は、マグネシウム欠乏以外の原因で起こる場合が多いことを考えなくてはならない。だから、マグネシウムを摂れば効くというような早合点をしてはいけません。白石(臨床栄養1992)の日本人のマグネシウム摂取量調査の集約をみると、120〜360mgであり、通常は不足はしていないようです。マグネシウムは海草、魚介類、豆、穀類などに多く、和食系の食事では十分にマグネシウムはとれるはずです。一例として朝食のマグネシウム摂取量を書いておきました。恐らく普段から食生活が乱れていて、ファーストフード中心になっている人にはきっと効果が顕著なのではないかと想像されます。しかし、治療効果の事例をみるとマグネシウムだけの効果とは考えられないケースもあり、にがりがもっている各種海水ミネラルのバランスから生まれる総合効果もあるかもしれません。
なお、にがりの治療効果は医学的に実証されたものではありません。効果があった事例はにがり以外の治療効果が出ている例もあります。にがりが効く場合があるくらいに理解しておく必要があります。業者側に注意していただきたいのは、客観的データなしに医学的効果を記載することは、商品表示でも、パンフレットでも、薬事法違反となることがあることです。
5.使い方、選び方
 苦汁の使い方としては、コップの水に数滴の苦汁を加えて飲む(かすかに味が変わる程度)。ご飯に数滴落として炊く、麺類などの食材に一滴落とす。などで飲む方法と、風呂に5ml程度入れる(後はよく流してください)、など様々な方法があります。食べ物によってはまずくなるケースも多く、特に入れ過ぎると食べられませんから最初は少なく、また下痢をしたり、風呂で使って肌荒れしたり、などするようならすぐに止めるなどの注意が必要です。
濃いにがりでは保存中に塩類が析出しますが、市販にがりは、析出物を防止するため水で薄めてあります。薄める度合いは2倍程度から20倍くらいの間であり、薄くしたものは「にがり水」として販売しているようですが、組成表示、原産地表示がないものが多いようです。マグネシウム、カルシウム、硫酸、ナトリウム(または塩化ナトリウム)、カリウム、原産地は表示されていないと、使うのに不便だし、消費者も選択にも困ります。消費者に必要な表示は個装に記載するように、消費者も表示を確認して、自分の求めているにがりを選ぶようにしたいものです。

(1)組成表示、原産地表示のあるものを選ぶ。

(2)カルシウムがあって硫酸のないものは膜濃縮法、カルシウムがなくて硫酸があるものは蒸発法のにがりです。マグネシウム、カルシウムバランスを考えるなら膜濃縮法の苦汁が好ましい。

(3)膜濃縮法または海水がきれいなところでとられた蒸発法のにがりを選ぶ、

(4)濃度はマグネシウム+カルシウム合量が多いものを選び、自分に合う適切な濃度に希釈して使うことをおすすめします。

(5)深層水使用の表記は意味がない。

(6)カリウムが多いものはナトリウム排泄効果が期待されるので食塩感受性高血圧への効果が期待されますが、腎臓、心臓への負荷がかかるので、腎臓、心臓に懸念のある方は医師に相談して下さい。それ以外の方は心配なく使えるでしょう。
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